第12章 記憶の扉(前編)
毎日がただただ過ぎていった。
たいした仕事はなかった。それもいつもどおりだ。
どこへ行ってもたいして代わり映えはしない。
「どの店のチョコレートが美味しいの?」
ある日、レオンが僕に聞いた。僕は少し考えて答える。
「そうだな……。まだあまり食べてない」
「どうして?」
「どうしてって言われても」
「ふうん……」
どうしてだろう?
午後、チョコレート通りに出かけてみたが特に欲しいものはなかった。
教会で願いごとを拾ってみたが、こちらにもやはりおもしろそうなものはなかった。
教会を出ると外は少し薄暗くなっていた。西の空がきれいな桃色だった。僕はその空をしばらく眺めた。
次の日も、その次の日も、ただただ過ぎていく。
だんだんと夜眠れなくなってきた。
僕は早朝近くに眠り、昼過ぎに目覚めるようになった。
仕事は面倒なのでしなかった。
図書館で本を借りていたが読まずに置いてあった。
ある日、目が覚めるともう夕方だった。
部屋の窓を開けると透明な冬の夕空がひろがっていた。
僕は空の色が変わるのを眺めた。
気が付くと暗くなっていた。
そして僕は泣いていた。
僕のいない世界に行きたくない、とマリィは言った。
僕はいま、マリィのいない世界にいる。