第10章 言葉にできないもの
お風呂場で彼は私の身体を洗ってくれた。
身体の真ん中から指先まで、手でゆっくりとなぞっていく。
身体の力が抜けていくような気がした。
私は話すべき言葉がみつからず、ずっとだまっていた。
彼も何も話さなかった。
私を浴槽のふちに腰掛けさせ、足の指も一本一本ていねいに洗う。
私の目から涙がこぼれ、太ももに落ちた。
「泡が流れる」
彼はそう言って少し笑った。私も笑おうかと思ったけど、うまく笑えなかった。
「頭も洗おう」
そう言って彼は私の頭にシャワーでお湯をかける。
「気持ちいい……」
温かいシャワーの感触に、少し心が軽くなる気がした。
「頭にシャワーかけられてるときに話したらおぼれるよ?」
私の髪を軽くごしごししながら彼が言う。
「おぼれないよ……ぶわっ!」
彼が私の顔に向けてシャワーをあてた。
「ほらね」
笑いながら彼が言う。
「わざとだもん……、今の」
私も少し笑う。
彼がシャンプーで髪を洗ってくれているあいだ、私は彼と出会ってからのことを思い出していた。
教会で初めてみかけたときのこと。
お茶の淹れ方をほめてもらったこと。
初めてキスしたときのこと。
お花を持ってうちに来てくれたこと。
初めてしたときの朝、ちょっと彼がかわいかったこと……。
止まっていた涙がまた少し流れそうになる。