第10章 言葉にできないもの
いつのまにか私の部屋に戻っていた。
ミシェルが私の口もとをぬぐうように指でこする。
ちょっとひりひりする。
「口の中も切れてる。痛かっただろ?」
私の目をのぞきこんで言う。
痛いのはもっと胸の奥のほう。
私が答えないでうつむいたままでいると、彼は頬にそっと手をあてる。じんわりとあたたかくなり、痛みが飛んでいく。
頬をポンポンと叩いて彼は言う。
「明日の朝には傷も消えるから」
「明日の朝なんて来なくてもいい」
私は涙が流れるのをこらえながら言う。
彼は私の目をみつめる。
「まだ20歳になったばかりだ」
私は彼の腕をぎゅっとつかむ。
「ミシェルのいない世界に行きたくない」
彼は私の頭を軽くなでなでする。
「お風呂に入っておいで」
「やだ」
「どうして?」
「離れたくない」
「どこにも行かない」
「嘘だもん……。うっ、うぅ……、うわぁぁ……」
私は子どもみたいに声をあげて泣いた。
「ごめん」
そう言って彼は私を強くぎゅっと抱きしめる。彼の身体があたたかい。また涙が出てくる。
「じゃあいっしょに入ろう」
そう言って彼は着ているものを脱ぎ始めた。
そして私の服もゆっくりと脱がす。
腕や足に爪でひっかいたような傷がいくつかあった。
彼が手でなぞると傷は薄くなり消えた。
全部脱がすと彼は私の顔を上げさせ唇に軽くキスした。