第9章 殺して
「たぶん、しかたないし……。でも今まですごく楽しかったから……、しばらくつらいと思うけど……だいじょうぶ……」
でも言い終わらないうちに涙があふれてきた。
泣いている自分に気が付くと、よけいに涙が止まらなくなる。
「……消すから。記憶」
彼の言葉に私は顔を上げる。
「……消す?」
「どうせ正体を知られてるんだから消さないといけない。僕に関することは全部消す。だからつらくないよ」
彼はやさしく微笑んだ。
「そんな……、やだ……。消さないで」
「しかたないんだ」
「勝手だよ……。全部大事な思い出なのに……」
「……じゃあ僕を別の誰かに置き換えて記憶を修正する。ちょっと面倒だけど、君は特別」
彼が話し終わらないうちに私は立ち上がり、テーブルの上のものを全部払い床に叩き落した。床に落ちたケーキを見て彼が言う。
「せっかく上手に焼けていたのに」
「そんなことどうだっていい!」
テーブルを両手でバンと叩いて私は叫ぶ。
「ミシェルは……、何でも知っているような顔をしているくせにっ、何にもわかってない! 全然、ぜんぜんわかってないっ! ミシェルのことを消されるぐらいなら……、死んだほうがマシ……。もう殺して! 殺して! 殺してよぉ……」
私は床に泣き崩れた。
彼はそんな私を同情するでもなく、怒るでもなく、見下すでもなく、普通の顔で見た。
そして立ち上がり玄関に向かう。
「ちょっとどこ行くのよ!」
私は追いかけて彼の腕をつかむ。彼はその手をそっと押さえる。
「こんな状態で話をしても無駄だ。すぐに戻ってくるから……少し落ち着いてくれ」
そう言って彼は私の手をのけて扉から出て行った。