第9章 野球部秋の新人戦! ……の前に
それでも、成宮君はすごく器用な人なんだと思う。少し教えると、すぐにコツを掴んで次々と問題を解いていってしまう。数学であれ、化学であれ。
「結は教え方うまいんだね! これからも教えてもらおうかなー」
「いや、私なんか頼るよりも先輩を頼りなよ」
「雅さん……うちの野球部のキャプテンでキャッチャーの先輩、勉強教えるの厳しそーだから嫌だ!」
成宮君は口を尖らせて横を向く。
「雨、まだ止まないね」
窓の外を見て呟くと、成宮君は私の両手をつかむ。
「今は俺との時間でしょ?! 雨なんて気にしちゃ駄目だって!!」
「は、はい」
少し驚き、私はうなずくことしかできなかった。
気がつけば、成宮君は持ってきた課題を全て解き終わっていた。
「そーいや、結は一也の知り合いなんだっけ」
「一也……御幸君のこと? うん、そうだよ」
御幸君の名前を聞き、少しだけ心臓の鼓動が早まる。
「付き合ってたり、するの?」
まっすぐなアイスブルーの瞳に私が映る。
彼の感情が読めない。締め切った教室だからなのか、息苦しい。
「付き合ってないよ。ていうか、そんな関係になんてならないし、なれないよ」
私は青道高校野球部との恋愛は禁止なんです……。
そう告げると、成宮君はいつになく真剣な顔になった。
「稲城実業野球部の俺なら、結と付き合ってもいいの?」
予想もしていなかった言葉。
とっさに言葉が返せず、沈黙が生まれる。
雨の音がよく聞こえ、心臓の鼓動と混ざり合う。
「それは、成宮君が私のことが好きってことですか」
「好きかどうかはわからないけど、結のことがもっと知りたい。だから、付き合ってみたい」
「これで会うのは2回目なのに?」
「回数なんて関係無い。俺はただ、一生懸命応援練習をしている結のことを見て、いいなって思ったから」
「私は、成宮君に対して、まだ恋愛感情などは持ち合わせていなくて」
「それも、これからでいいよ。俺だってまだ、わかんないしね!」
何を言っても意味がない。彼は真剣なんだ。
(私の恋は実ることが許されない。成宮君のことは嫌いじゃない、むしろ好きなくらいだ。
……それなら、彼を断る理由がないじゃないか)