第22章 夏の大会準決勝
稲城実業と戦うのは、都立桜沢高校。都内でも有数の進学校ということで有名だけど、スポーツの分野ではほぼ無名だった。
(そんな学校が、この大会の準決勝か……)
「おそらく、ピッチャーが良いんだろうな」
「そうだね……。それに進学校。作戦を練ることや、練習にも真面目に取り組んでることがここまで勝ち上がった要因かな」
御幸とそんな会話を交わしながら試合を見る。試合途中ではクリス先輩によるナックルボールの説明が入る。
桜沢のピッチャーが投げているのはナックルボール。指を立ててボールを握り、リリースの瞬間にストレートで起きる回転と逆回転をかけることによって無回転のボールとなる。
(無回転のボールは風にも流されやすいし、どこに行くかなんてわからないよね)
「でも、そんな投げ方じゃ握力をすごい使うと思うんだけど」
「ああ、気を抜けばすぐにボールは浮く。そのリスクを負いながらも投げてるんだ、あのピッチャーの精神力は相当なもんだろ」
しかし、鳴のピッチングは圧巻の一言だった。ナックルのみの桜沢。多種多様なボールを投げ、それを際立たせる速球ストレート。きっと、彼らには鳴から点が取れるイメージすらもてていない。
桜沢の連続エラーから更に追い討ちをかけるように、稲城実業4番キャッチャーの原田によるスリーラン。そこで何かが切れたのだろう。
「蓋を開けりゃあコールドじゃねぇかよ、成宮の野郎」
伊佐敷先輩は軽く舌打ちをして観客席から鳴を睨む。
「俺たちが勝ああああつ!!!」
沢村くんの叫びに対しては伊佐敷先輩も冷静に注意を促す。
(みんな、この時を待っていたんだ。去年の借りを返すこの時を)
決勝戦は明後日の午後から。
私は電車で帰るため、野球部のみんなとは別れた。
(女子トイレ入るのも気まずいよ、ホント)
学ラン女子がトイレに入る時の周囲の視線と言ったら……!
ハンカチで手を拭きながらトイレを出ると、そこには稲城実業の2年生スタメン達の姿が。
「!」
鳴は私に気づいたようで、ヒラヒラと手を振る。
「結! 俺の活躍見てくれた?! ねえ?!」
(か、絡まれる……!)