第5章 5.「如月」
瓜二つの、クロハと、遥。服装こそ、遥さんは普通にブレザーを着ているものの、あまりに顔が似ていて、背も同じぐらいなものだから、私は戸惑ってしまった。
「っていうか、九ノ瀬遥……さん!?」
「そ、そうだけど、どうしたの?」
「えっ、あ、あの、『サマータイムレコード』の!?」
「あ、うん。知ってるんだね」
遥さんはニッコリと笑った。人の良さそうな笑顔だ。……なんて思っていると、私の肩をだいているクロハの手に、やけに力が入った。
「ちょっと、クロハ……痛い……」
「……あ、すまん……」
「それでさ。僕、マリーに言われて、如月さんとクロハの様子を確かめに来たんだけど……」
「……」
如月。
私の苗字。
私が大嫌いな両親から受け継いだ、大嫌いな苗字だ。
「……ごめんなさい、遥さん。私ちょっと、気分が悪いので……何か聞くことがあれば、クロハに聞いてください。
クロハ。……家の鍵、あけとくから。話が終わったら帰って来てね」
失礼なのはわかってる。
でも、そう呼ばれるのは、嫌なんだ。クロハにすら、呼ばれると拒否反応が出る。
「おい、待てよ彩芽!」
後ろからクロハの声が聞こえた。
けれど、私は止まらないで、走って、自分の部屋へと逃げた。
逃げてしまった。
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「………」
「ど……どうしたんだろ……」
「……さあな」
「さあなって……」
九ノ瀬は戸惑っているが、俺のほうが戸惑ってる。理由は俺も聞きたい。
やけに大事に抱えてるとは思っていたが、名字を見えなくするためのものとは思わなんだ。確かに、表札にも名前しか書いていなかったし、……本当に自分の苗字が嫌いなんだろう。
それをいっぺんに二度も言われて、何かが切れてしまった。ということなのか。
「……マリーには他のお使いも頼まれてるから、僕、先にそっちをすませてくるよ。クロハは……あの子についててあげて」
「……おう」
仕方ない。
九ノ瀬の言うことは間違っていないのだし、それに、今ここでこいつと話をするよりも戻って彩芽をなんとかしてやりたい。
「……じゃあ、またあとで」
そう言って九ノ瀬はエレベーターに乗って行った。
俺はほんの少しだけ気が乗らないが、無理やり足を進めて彩芽の部屋へと戻って行った。