第5章 5.「如月」
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私はベッドの上にうずくまっていた。
苗字を聞くと思い出すのだ、私が襲われたときのことを、そして、そのあと警察に行ったときのことを。ニヤニヤしながら、警官に事細かに状況を聞かれ。両親は私を腫れもののように見て。
「もう……いや……」
抱きかかえていた枕に顔を埋める。これだから、私のことを知らない人と接するのは、嫌なんだ。
ガチャリ、と音が聞こえた。クロハの気だるそうな「ただいま」という声が聞こえる。私は蚊の鳴くような声で「おかえり」と呟いた。
当然クロハには聞こえなかっただろう。
しばらくすると、手を洗って、うがいをしているような音が聞こえた。……。
水の音が止むと、足音がこちらへ近づいてくる。
ぎし、ぎし、ぎし。
それは私の部屋の前で止まる。
「……彩芽」
部屋の扉を開けず、代わりに彼は私に話しかけてきた。
「悪かった」
一言だけ告げられる。
足音が扉から遠ざかる。
「……」
何さ。
何なのさ。
これじゃあ私が駄々をこねる子供みたいじゃ、ないの。
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しばらくするとまた足音が戻ってきた。
今度は扉の前で止まった後、ノックをした。私は何も言わない。
「……入るぞ」
クロハは私の返事を待つような真似はせず、そのまま部屋に立ち入る。
途端ふわりと広がったのは、紅茶の香りだった。
「……紅茶?」
「気を落ち着かせたいときは茶を飲むのが一番らしいからな」
彼はトレイにアイスティーの入ったガラスのカップを載せて持っていた。そして、それをぶっきらぼうに私によこす。
「ほら、とりあえず飲めよ」
促されて私は紅茶を飲んだ。優しい味のする、ミルクティー。
砂糖が多めに入っていてかなり甘い。
「……美味しい」
「そうか」
飲み終わったカップを指で弄っていると、トレイを差し出される。上に乗せると、彼はそのトレイをそのまま私の机の上に置いた。
「落ち着いたか?」
「うん、だいぶ」
震えも恐れも、もう、収まっていた。
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