第11章 inorganic 枢√
「きゃっ……!」
意識してしまうと、更に足は縺れてしまう。彼女の努力を嘲笑うように、足元の僅かな段差に躓いてついに転んでしまう。所々擦り傷を作りながら、なんとか立ち上がる。そこで初めて、少女は後ろを振り返った。
「……!!」
「どうして逃げるの? 珠紀ちゃん」
一人の女性が、妖艶な笑みを浮かべながら少女――珠紀へと近付いてくる。珠紀は「あ……あっ」と顔を青ざめながらずりずりと後退していく。珠紀のその行動があまりにも可笑しいのか、くすくすと笑っている。
綺麗な唇を、三日月型に歪めながら。
「な、何がそんなに可笑しいの!」
「だって……必死に逃げて怯えてる貴方って、とっても素敵」
女性が口を開けると、そこから牙が見える。珠紀は先程の断片的な惨劇の一部を、思い返しながら吐き気がするのを止められない。思わず口元を押さえる。
「あら、思い出しちゃった? さっきの……私はね、貴方の両親を殺したのよ!」
「どうして……どうしてなのっ!!」
「どうして? 人間を殺すことに……理由なんているの?」
「え……?」
女性は至極楽しそうに、舌なめずりをした。まるで今から、珠紀を食らわんとするかのごとく。
「私達ヴァンパイアは崇高な存在なのに、人間なんて言う脆弱な生き物のせいで命を狙われることもある。純血種というだけで、私は平穏な日常を奪われていく……私はただ、あの人と一緒にいたいだけなのに」
「あの人……?」
女性はつまらないものを見るような目で珠紀を見ると、鼻で笑う。そして珠紀へと近付いて、その距離は手を伸ばせば届く距離ほどまでになった。