第10章 impulsively 枢√
「今目の前で起きていること、もう忘れてしまいなさい」
「理事長?」
「珠紀には……そのままでいてほしいから。きっと枢君もそう思っているはずだよ」
「私は零と優姫の友人です! 幼い頃からの……っ」
まるで私だけ蚊帳の外へと追い出すように。
零を支えて、理事長は私を置いて歩き出す。
「きっとすぐ枢君が来る。一人にするのは嫌だけれど、僕は僕で錐生君をこの場から連れて行かなくちゃいけない。他の人に見られてはいけないからだ。わかるね?」
「はい……」
何も言い返せなくて、俯いた。
一人の時間が訪れる、理事長達の足音が遠くなっていく。けれど、すぐに焦ったような理事長の声が聞こえてきた。
「こら! 錐生君!!」
何かあったの? 顔を上げて、二人の方へと顔を向ければ零が苦しそうな顔で、今にも泣き出しそうな顔で、私の元へと走ってきた。
「珠紀っ、珠紀……っ」
「零? どうしたの?」
「……珠紀っ」
零はただ私の名前を繰り返し口にしながら、ぎゅっと抱きしめた。まるで子供が縋りついてくるみたいな感覚を覚えて、自然と恐怖心はなかった。
ううん、だって私は零のこと怖くないもの。大丈夫。彼は私の……ヒーローだから。
私達の姿を見た理事長は、驚いたように立ち尽くしていた。
「零……痛いの? 苦しいの?」
「珠紀、珠紀、珠紀っ……」
零も、一人は嫌だよね。
置いて行かないで、連れて行かないで。そんな感情が彼の体温から伝わって、優しく背中を撫でた。
きっと彼だって怖かったんだ。そう、思えた。