第9章 mutate 枢√
『貴方、名前はなんて言うの?』
『珠紀! お姉さんは?』
『私はね……沙耶よ』
『沙耶お姉さんだね! どうしていつも、日傘をしているの?』
『それはね……お姉さんは太陽の光が苦手なの』
『こんなにもいいお天気なのに勿体ない! どうして苦手なの?』
『……内緒』
そう言って笑う、一人の綺麗な女性。私はこの人を……知って、いるの……? 綺麗な長い黒髪を耳にかけて、白い肌がとても印象的。その人は優しく笑うと、幼い私の頭を撫でている。これは夢? それとも現実?
『珠紀ちゃんのパパとママはどうしたの?』
『お仕事なの! 私はお留守番なの!』
『……いい子ね』
その人は白いワンピースを着て、黒い日傘をさしていた。
『沙耶お姉さん。また、会える?』
『さあ……どうかしら。私は太陽が昇っている時間は、あまり外に出ないから』
『……そっか』
『でも、珠紀ちゃんが会いたいって思ってくれるなら、会えるかも』
『ほんと!? じゃあね、お願いしておくっ!』
嬉しそうに笑う私を、彼女は暖かい眼差しで見守っていた。
やがて世界は、黒く塗りつぶされて……そこからは何も見えなくなった。
もし叶うなら、また彼女に会いたいと思った。それはどうしてだろう?
耳障りな目覚まし時計の音。一気に夢は醒め、私は慌てて時計を止めた。
「……夢、か」
それにしてはやけにリアルだったような気がする。私はベッド脇にある水差しを手にして、グラスに水を注ぐ。こぽこぽと水がグラスの中に満ちていく音は、無機質はこの部屋にはよく響く。喉を鳴らして飲み干せば、乾きは癒えた気がした。