第9章 mutate 枢√
「その瞳……どうしたの」
「っ……!! 見るなっ!」
零は私を離すと顔を背けて俯いた。ぐっと自らの胸元を掴んで、荒く息を繰り返す。触れてしまっていいのだろうか? そっと手を伸ばそうとするけれど、今の私が彼にどんな言葉をかけてあげればいいのかわからない。わからなくて、手は居場所を失い彷徨う。
一呼吸おいて、ようやく彼の肩を掴んだ。
「ごめん、怖がったりして……ごめんね。大丈夫、私は零の事もう怖がったりしないから……ごめん」
そうして今度は私から、彼を抱きしめた。
何も知らない、そう何一つ。彼の過去なんて知りもしないし、出会った時には今と変わらない仏頂面を引き連れて、優姫に世話をしてもらっている印象しかなかった。彼も何一つ語ろうとしなかったし、私も……自分の過去は語れる程覚えていなかったから。
ならこのままただ普通に、一緒に時を過ごして行けばいいと思った。
深くはわからなくても、それでも……いいと。
「……俺に……っ、触れないでくれ。お前に触れられると……俺はっ」
泣いているような声に聞こえたのは、きっと勘違いだろう。私の肩は彼の涙で濡らされることはなかったし、彼が鼻をすする音も聞こえてこない。
言葉とは裏腹に、零は躊躇いがちに私を抱きしめ返す。
変わっていくことを恐れた。
それでも私は無情にもこの身で知っていく。
もう、今までと同じではいられないのだと。
少しして、零が私の身体をぐっと押したので、その力に任せて私はようやく彼を離した。零は俯いていたから、どんな顔をしているのかわからなかった。