第8章 inside 枢√
「偶然、よく会うだけです」
「……ならもっと、僕とも偶然会ってよ」
「子供みたいなこと言わないで下さい」
「子供でいいよ。君が僕といてくれるなら」
彼の髪に手を伸ばす。柔らかい……綺麗な漆黒の髪。玖蘭さんは私にされるがままで、目を閉じていた。無防備だと思った。
「私にそうは言うのに、玖蘭さんは私の事なんてちっとも見てくれませんよね」
「そんなことないよ。今もほら、見てる」
私の視界には、玖蘭さんしか映っていない。互いの瞳は重なる、けれど……。ふっと笑みが零れる。
「そうじゃないです。玖蘭さんにはいつも、優姫が映っているから……」
何処にいても、きっと玖蘭さんは優姫を見つけられるのかもしれない。そんなことさえ、思えるほどに……。これって嫉妬なのかな? 私、もしかして優姫に妬いてる? でも、どうして?
「優姫と君じゃ、何もかもが違い過ぎる。比べられるようなものじゃない」
「それは優姫が一番大切だから、私じゃそもそも土俵が違うってことですか?」
「どうしたの……急にそんなこと」
「急じゃありませんっ、私は……っ」
「珠紀。おかしなことを言うのはやめてほしいな……言ったはずだよ?」
玖蘭さんの唇が、私の耳元へ寄せられる。
「優姫が君を大事にするから、僕もそうしているだけだと。愛でているんじゃない、愛でられているんだよ君は。優姫によって、僕にね」
そうして彼が、私の頬を撫でては優しく見つめ返してくれる。
わからない。貴方が、わからない……。
「たったそれだけの理由で、玖蘭さんは他人に優しく出来るんですか……?」
「……」
「そんなに人は単純じゃありません、違いますか?」
「……珠紀。君はただ、僕に愛でられていればいいんだよ。今は」
玖蘭さん。玖蘭さん。
そんな風に貴方に愛でられるなんて、私は……嫌です。