第6章 moon 枢√
テラスへと続く扉を開ける。そこにいるはずの人物を視界に入れると、無意識に彼の名前を口にしていた。
「玖蘭さん」
彼は私に背中を向けたまま、一瞥するかのように振り向いた。
「珠紀も見るかい? 夕陽」
陽がこんなにも傾いていたなんて……。静かに頷くと「おいで」と手招きされる。私は犬か猫だとでも言うのだろうか。とは思いながらも、抵抗することなく彼の元へと向かう。
玖蘭さんの言葉には、魔法でもかけられているのかもしれない。
その声で、名前を呼ばれると無視出来なくなる。最初から彼を無視出来るわけがないのだけど。
「綺麗ですね」
「そうだね……もうすぐ、夜が訪れる。僕達の時間だ」
隣から見上げた玖蘭さんの表情は、とても穏やかそうでそれでいて清々しくも思える。ここに来るまで、私はどう言ってこの白薔薇を贈ればいいのか悩んでいた。
他人からすれば、とてもくだらない小さな悩みなのかもしれないけど。
「玖蘭さんは……夜が好きですか?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「……なんとなくです」
以前、千里に空について話していたのを思い出す。ふと……夜を生きる彼らはやはり、ヴァンパイアということもあるし……夜が一番好きなのかどうか。不意に気になっただけ。