第29章 trigger 千里√
「どうして、なんで……っ! なんで沙耶姉さんがお父さんとお母さんを……っ」
「珠紀っ! どこ、どこなのッ!? 出て来なさい!!」
「……!! 姉さんだ……ッ」
私にいつも優しかった姉さん。血縁関係はなかったけど、一人っ子の私にはいつも暖かくて優しい姉さんだった。本当の姉のように、慕っていた。なのにどうして……。
「もう無理なのっ! あの頃と同じように、そうしていることは出来ないの!! ほら、おいで珠紀ッ!!!」
「……っ」
逃げなくちゃ逃げなくちゃ逃げなくちゃ! あの人が私に追いつく前に、捕まってしまう前に。遠くで焼け焦げた匂いがする。
私の家は、もう跡形もなく燃えてしまうのだろう。なら……なら私の居場所はどこにもない。どこへ、どこへいけばいいの?
「……りっ」
誰かの名前を口にする。声にならない言葉で。それはしっかりと発せられることもなく、喉の奥で張り付いて離れない。恐怖で声が上ずる。
姉さんに捕まってしまえば……私は、私は。
”同じように”殺されてしまうのだろうか。
「あ……っ」
足が縺れて、転倒する。身体が痛い、膝をすりむいてしまったのかもしれない。でも起き上って、早く……早く逃げなくちゃ。
「――……見つけた」
◇
「っ……!!?」
がばっと勢いよく起きた。怖い……怖い。全身が震えて、仕方ない。慌てて周りを見れば、見慣れた自分の部屋の中で安堵する。おかしいな……さっきのは夢? 夢にしてはいやにリアルだった。
「もしかして、失った過去の……断片?」
頭がぼうっとする。
「沙耶……姉さん」
名前を口にすれば、少しずつあの人の顔が浮かんでくる。私を呼びあの人の可愛らしい声も、仕草でさえも。そう、そうだ……私は心底あの人に憧れていた。可憐でお淑やかで、私もいつかあの人のようになりたいと……思って。
でも、でも……。
「姉さん……っ、ねえ……さ……んっ」
自然と涙が溢れて来た。どうして? どうして涙が出るの?
私は怪我で入院して、その怪我のせいで過去のことを忘れてしまったんじゃないの?
本当に……そうなの?