第26章 dear 千里√
「いつものことって、何?」
「……それは」
「言えないこと?」
「……そんなことはないよ」
「じゃあ、教えて」
なんでそんなことを知るたがるのかな。言いにくい、とまでは言わないけど人にぽいぽい話すことでもないし。けれど千里の瞳はとても真剣で、離さなければ納得してくれないような雰囲気さえあった。まぁ、千里になら……いいかな。
「私ね、ナルコレプシーなの」
「……聞いたことある。小さい時から?」
「うん、そうなんだ。実は……幼い時に病院で入院してて、退院してからすぐにその症状が出たの。理由も何もわからなくて。昔のことは……忘れてしまったから」
不思議と千里の前では、自分の昔のことを話すことが出来た。千里だから? その明確な理由は? 何一つわからなかった、でも……大丈夫だって思ったんだ。
「そっか……ごめんね、言いたくなかっただろうに……無理に言わせるみたいなこと」
「いいの。千里ならいいかなって思ったから。だからね、あれは慣れてるから平気なの」
「……何も平気なんかじゃない」
千里の顔が、突然接近してくる。心臓が止まるくらい、至近距離の千里が自らの額を私の額にぴたっと合わせる。瞼を閉じた彼は、とても睫毛が長くて……まるでお人形さんみたいに、綺麗だった。
「平気じゃないよ。もし場所の悪いところで、例えば階段の上で気を失ったら、運が悪ければ頭を打って大怪我ではすまなくなるかもしれない」
「……今までそんなことないよ」
「でもこれからあるかもしれないでしょ? 珠紀はね、そういうところの考えが甘いの。もしもなんて、本当にただの例え話だって思ってるでしょ。そんなことない、あるかもしれないことに対して、もう少し目を向けて」
「……どうして、そんなに心配してくれるの?」
ゆっくりと、千里は私から離れていく。開かれた瞳は、何も映していないような……何処か遠くを見つめながら、揺れている。
「どうしてだろうね」
彼が触れた場所が、今更熱を持ったように熱くなっていく。ぼんやりと微熱にでも浮かされた気分で、ただ悲しそうに笑う彼を……見つめていた。