第26章 dear 千里√
「昨日は無事に部屋まで帰れたかい?」
「はい、千里のお陰で」
「そう……。君は、彼と仲がいいのかな?」
「ん――……どうでしょう。まだ彼とは出会って間もないですから」
「僕も同じようなものだね……」
「玖蘭さん?」
玖蘭さんは憂いを帯びた表情で、何かを考えているような……何処か心ここにあらずのような。けれどすぐにふわりと笑いかけてくれた。
「体調が悪い時は、遠慮なく周りの人に言うんだよ。僕でも構わないし、優姫でも構わないし」
「心配して下さりありがとうございます。でもあれはいつものことなので、大丈夫です」
「いつものこと……?」
「珠紀……」
声のする方へ目を向ける。千里が、立っていて……私の頭を優しく撫でた。あまりにも突然で、凄く驚いて……目を丸くして千里を見つめていた。
「玖蘭寮長、先に行っててもらえませんか? 俺……少し彼女と話したいので」
「君は意外と素直に申し出てくるもんだね。本当に、驚いてしまうよ。それらしい言い訳でも並べてくれたって、僕は全然構わないのに」
なんだろう、この緊迫した空気。玖蘭さんの圧力のある言葉が、やけに気になった。
「俺は玖蘭寮長に、言い訳なんてしませんよ」
「……そう。それに免じて、今は何も言わないでおくよ。早めに教室に来るんだよ」
「はい」
玖蘭さんは「またね」と笑いかけて、夜間部の人達の輪の中へと入っていく。あの人がいるから、夜間部は成り立っているのかもしれない。そう思えるほど……夜間部の人達は玖蘭さんが合流すると同時に、ぞろぞろと校舎の中へと消えていく。
すると不思議と普通科の生徒達も、いつものお出迎えが終わったとばかりに次々と帰っていく。少しだけ、私に向けられた視線が恐ろしいものだった気がした。
「今日は調子、平気?」
「うん、大丈夫。なんだか皆心配性だね」
「心配だよ……とても」
千里の手が、私の頬へ滑り落ちてくる。そっと撫でては、彼のガラス玉のような透明な瞳がと目がある。視線が絡み合って、離れない。