第17章 mirage 零√
「僕は錐生君をこの場から連れて行かなくちゃいけない。他の人に見られてはいけないからだ。悪いんだけど、一人で帰れるね? 枢君達がいる保健室に向かってもいいんだよ。どうする?」
「……一人で帰れます」
そう答えるので精一杯だった。この場で起きた全てを理解し、処理するためには少し時間が必要なのかもしれない。
理事長達の足音が遠くなっていく。けれど、すぐに焦ったような理事長の声が聞こえてきた。
「こら! 錐生君!!」
何かあったの? 顔を上げて、二人の方へと向けば零が苦しそうな顔で、今にも泣き出しそうな顔で、私の元へと走ってきた。
「珠紀っ、珠紀……っ」
「零? どうしたの?」
「……珠紀っ」
私の名前を繰り返しては、ぎゅっと離すまいと私を強く抱きしめる零。
「零……大丈夫、私はちゃんとここにいるから」
彼の背を撫で、ゆっくりと抱きしめ返した。私が彼にしてあげられることなんて、いつも限られていて……けれど彼の身体が震えていたから、抱きしめるしかなかった。安心してほしいと思ったし、それで零が落ち着くならと思った。
「錐生君、珠紀……」
「理事長。もう少し、もう少しだけ……彼をここにいさせて下さい」
「しかし……」
「はぁ、珠紀……君って子は。本当に錐生君が大事なんだね」
零越しに、玖蘭さんを視界に映した。優姫に連れ添っていたはずの彼がここにいること自体が驚きで、いやでもそれは私だけじゃないと思う。同じように理事長も驚いた様子だし。
玖蘭さんは私と零を見つめると、不愉快そうに言い放った。
「珠紀を離してあげてくれないかな? 錐生君。君は理事長と一緒にこの場を離れるんだ」
零はぴくりと反応を見せ、私から離れようとする。でも、それでいいの? このまま零を離してしまったら、何故かもう二度と会えないような衝動に駆られた。
「珠紀……?」
「零を、連れて行かないで下さい」
だから私は、目の前の現実に抗うように玖蘭さんと対峙した。
零を失いたくない。そう、思った。