第13章 appeal 枢√
「そんな嬉しい事、言わないで下さい」
素直に嬉しいと思った。同時に得体のしれない黒い塊が、私をじっと観察しているようにも思えた。怖いような……。
一条さんはそうして暫くすると、ゆっくりと私を離した。
「珠紀ちゃんとこれから、もっと一緒にいられるんだね! 嬉しいなぁ」
「大袈裟ですよ……」
「そんなことないよ。僕はさ、珠紀ちゃんと一緒にいられる時間が一番好きなんだ」
「ふふ、そうやっておだてても何も出ませんからね」
ふと、遠くの方でがさりと音がした気がした。そちらへと視線を向けると……。
「珠紀ちゃん? どうかした?」
「零……」
私がそう呟いたと同時に、零がとても恐ろしい顔で姿を現した。それもそうか、風紀委員なんだから見回りで外にいるのは当然。だけど……。
「一条先輩、珠紀から少し離れてもらえますか? あと、ナチュラルに授業サボらないで下さい。単独行動は困ります」
「はいはい、騎士さんが来てしまったし仕方ないね。またね、珠紀ちゃん」
「あ……はい!」
零といきなり二人きり、だなんて……!
「零……少しぶり、だね」
「どうして夜間部なんかにいる。抜け出して散歩か?」
「ち、違うよ! 私……」
「……香りが、変わったな」
「え……?」
切なげに目を伏せて、零が私の髪に触れる。あれ? こんなに近いのは……本当にいつぶりだろう。こうして真正面から彼を見るのも、とても久しぶりだったり?