第2章 非日常の始まり
いい匂いも子供も陽気な音楽も振りきり、僕は通りからはずれ路地裏に入っていった。
――よかった、結構ここは涼しい。
しかしそんな安らぎはほんの一瞬。これから地獄が始まる。
僕は路地裏へ足を進めていくと、遠くに人影が見えた。
かっちりした小綺麗な服を着た、ふくよかな中年男性。決してハンサムとか言えたものではない顔である。
男も僕を見つけると、汚い笑みを浮かべながら近づいてきた。
来るな、来るなと念じるもその願いは叶うはずもなく、すぐに距離は縮まってしまう。
――男は、僕に口付けをした。
長い長い、吐き気のするようなキス。
男は唇を離すと、そのまま唇を僕の耳元へ持って行き、囁く。
「今日もよろしく頼むよぉ、リヒト君」
気の抜けるような口調。
今イライラ選手権大会たるものが開かれれば、僕はぶっちぎりで優勝するだろう。
でも、そこで嫌がったりしてはいけない。
僕は己を捨て、キスのお返しとでも言うように男の首筋に唇を落とした。
「――ええ。お願いします」
そう、嫌がってはいけない。
それが僕の【仕事】であり、【日常】なのだから。