第1章 空よ、泣き止め
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重なる曲は同一の物だと言うのに、改めて耳を澄ませば不思議とそれぞれの個性が強く現れていた。の音は柔らかく、けれどしっかりとした軸を持つ。音楽の調べを楽しみながらも決して威張らない、女性らしい響きだ。対して晋助の音は力強かった。己の存在を最大まで主張し、高度で繊細な指さばきを存分に使う。雄々しい音色はさながら戦いを好む修羅のように、威厳と勢いを隠す事を知らない。
そんな二人の音は対照的ではあったが、いざ共に合わされば互いを見事に引き立てていた。顔を合わせない月日が七年もあったというのに、と晋助は長年連れ添ったかのような音を作り出す。もし今の演奏が、人通りの多い道ばたで行われていたのならば、千の観客を集めただろう。
しかしそんな音にも、終わりが近づいて来た。何の合図もなしに、二人は息を揃えて最後の節を弾く。バチで終わりの一音をはじけば、空に向かって音楽の余韻が響く。いつの間にか、空はどこまでも青く晴れ渡っていた。雨上がり独特の匂いが充満し、暖かい日差しが二人を包む。
さわやかな風が吹き、気持ちの良い空気の中では大きく息を吸って吐く。そして晋助の音がら純粋に感じた事を口にした。
「とても、荒い音。」
「…。」
「けど、相変わらず不思議な音さね。荒い中にも、優しい音色を持ってる。」
雄々しい音は、確かに何処までも激しい色を持っている。けれど、どんな人間にも表と裏があるように、晋助の音にも見え隠れする温かな何かを感じていた。それは今も昔も変わらない。しかし晋助はそんなの言葉を笑い飛ばす。
「フンッ。矛盾したこと言ってやがる。…お前ぇも相変わらず変な女だな、。」
恐らく二人の脳裏には、同じ記憶が蘇っている。幼い時、まだ吉田松陽の寺子屋が実在していた頃の話だ。生まれつき目の見えないは、寺子屋の縁側で三味線の練習をしていた。やっと弾けるようになった「てるてる坊主」を何度も繰り返し演奏する。そんな彼女の横には、を真似して三味線を触り始めた晋助の姿もあった。今のような温かい日差しの中で、二人は互いが調子を外す度にからかいながらも稽古に励む。遠く、楽しく、そして温かな記憶。