第1章 空よ、泣き止め
が名を紡いだ瞬間、沈黙がその場を支配する。二人が言葉を発する事はなく、聞こえるのは未だに降り注ぐ雨音だけである。空はまだ、泣き止みそうにない。
「人違いだろうよ。お前ぇ、目が見えてないんだろう。」
しかし男はの呼びかけを否定した。盲目の女に男の正体が分かる訳がないのだ。開く事の無い双眸を見つめながら、男はそう言い返した。
「ふふ。確かにアンタはだいぶ変わっちまった。最後に会ってから七年も経ってるんだ。アタシの知ってる昔の晋助とは大違いだよ。お尋ね者になるたぁ、あの頃は思いもしなかった。」
けれど今更否定しようとも、先ほどの長い沈黙は全てを語っていた。男は間違いなく、高杉晋助である。獣のような鋭い雰囲気を纏うようになった晋助は、確かにの記憶とは違っていたが、それでもこの男を他の誰かと間違う事などありえないのだ。気配が懐かし過ぎる。
もう隠す必要はないとでも言うように、は幼なじみとして晋助に話しかける。
「アンタもまだ、三味線を弾いてるのかい。」
「まあな。」
晋助もそれほど正体を隠す気がなかったのか、取り繕う事なく答える。
「どうせ一人で寂しく弾いてるんだろう。どうだい、久々に『せっしょん』でもしないかい。」
良い事を思いついた、とでも言うようには言い放つ。失礼な発言と共に提案されたが、それを気にする事も無く、発音しきれてない言葉に晋助は思わず笑った。
「クククッ、慣れない言葉を使う必要なんざねーよ。それに、一緒に弾くヤツなら一人は居る。」
「一人だけかい? けど、そいつとじゃあ音が乗れないんだろう。いや、あっちがアンタの音に乗れないのかねぇ。」
「…うるせぇ。」