第1章 空よ、泣き止め
「随分と、幼稚な曲を弾くじゃねぇか。」
繰り返される節を聞いた隣の人物がに声をかける。その感想を聞いたは、三味線を弾いていた手を止めた。台詞は毒づいたものだが、それを言い放つ声からは刺を感じない。恐らく口が悪いだけで、会話がしたいのだろう。そんな男にはゆったりと応える。
「そうかい? アタシァ昔からこの曲が大好きでね。ちょうど雨が降ってんだ。粋だと思わないかい?」
「『てるてる坊主』たぁ、粋を通り越して雨を馬鹿にしてんのか分かんねぇな。」
「ふふふ、そうかもねぇ。」
「…妙な選曲のくせに、音が上等なのが余計に癪に障りやがる。」
冗談まじりに返って来た男の意見にはまた笑う。確かに、雨だからと弾くのならば他にも情緒のある曲が選べたろうに、はあえて子供向けの曲である「てるてる坊主」を弾いていた。どう考えても、ほどの腕を持つ者が弾くのには違和感がある。おもしろ可笑しいとでも言うように、男は遠慮なく選曲との作り出す音とのギャップを指摘した。
「そうさね。アタシの音は童謡にゃ、ちと重い音だろうよ。けど、これはアタシが初めて三味線で弾けるようになった、思い出深い曲なのさ。」
昔を懐かしむような声で、は語る。彼女の全てがそこにあるかのように、は大切そうに三味線を撫でた。そして、そのまま感慨を含んだ声でまた男に質問を投げかける。
「アタシの音、昔よりもだいぶ上達したと思わないかい、晋助。」