第92章 【矢巾 秀】俺はピエロ
「ねぇ、矢巾って癖っ毛なの?」
唐突に俺の席まで来て、じっと俺を見る彼女。
「そう。ちょっとだけ」
俺がそう答えると、ふ~ん。と興味あるのかないのか分からない返事をして俺の髪を触る。
「矢巾の髪、私好きだよ」
“好きだよ”
髪の毛の事だと分かっていてもやっぱり嬉しくて。
俺の髪の毛を触る彼女の手がすごく優しくて、このまま時が止まればいいなんて思う。
「お~い、そこイチャつくな~」
そういう時に限って邪魔が入る。
俺はムッとしながら話に入って来た奴らを睨みつけた。
「私、矢巾の髪の毛好きなんだ~」
彼女は周りに人が集まっても俺の髪の毛を触り続ける。
「お前の髪もキレイじゃん。俺ロングの女の子好きだぜ」
それは俺が言いたかったセリフなのに。
他の奴らに先に言われてしまった。
俺も俺も~、なんて便乗してくる奴が増えてきて面白くない。
「俺は、ボブの女の子がかわいいと思う!!」
俺は何をムキになっているのか。
ただ、彼女を一番に褒められなかったのが悔しかっただけ。
あれじゃ、彼女を否定しているみたいじゃないか。
大人げない。
その日の夜はなかなか寝付けなかった。
「矢巾~、おはよっ!」
次の日声をかけられ振り向くと、そこにはボブにした彼女が立っていた。
「へへ。似合う?」
少し照れた顔で短くなった毛先を触る。
30センチも切っちゃった。と舌を出して笑って見せた。
「矢巾がボブの女の子が可愛いって言ったから切っちゃった。・・変?」
「・・えっ、あっ、可愛い!」
「ふふ。ありがとっ!」
別に特別ボブが好きなわけじゃなかった。
けど、この日からボブヘアが大好きになった。
俺の好みに合わせて髪を切ったのか?
なんて馬鹿な勘違いをして、一人で盛り上がってしまう。