第85章 【澤村 大地】あの頃の幸せ
「じゃぁ、佐藤は俺が送って行くから」
結局二次会で解散になったので、澤村は私が宿泊しているホテルまで送ってくれた。
「佐藤は・・いつ結婚したんだ?」
今の今まで、私の左薬指には触れられなかったのに…。そう思いながらも私はゆっくりと口を開いた。
「三年前だよ」
「子供は?」
「ううん。まだいない」
「そうか」
私達の間に沈黙が生まれる。
別に悪い事をしていないのに、なぜか罪悪感を感じてしまう。
「・・澤村は?彼女とか・・いるの?」
「・・あぁ。来年にでもプロポーズする予定だ」
「えっ!?・・そっ、そっか」
自分だって結婚しているのに、澤村に結婚前提の彼女がいると知ってガッカリするのはお門違いだな。なんて思いながら、私は黙った。
「・・キャッ」
ブラックアイスバーンになっていた道路で私は足を滑らせ、転びそうになった所を澤村がグッと抱きかかえてくれた。
「ごっ、ごめん」
「あっ、あぁ」
澤村は抱きかかえていた腕を離して、また歩き始めた。
私は澤村の背中を見ながら、収まることの無い心臓の鼓動を必死に落ち着かせようとした。
けど、澤村を見れば見るほど、その鼓動は大きくなって私の心臓を締め付け始めた。
「澤村・・手、繋いでもいい?」
私が立ち止ってそう言うと、少し前を歩いていた澤村が振り返ってこちらに向かってきた。
「また、転んだら困るしな」
そう言って私の右手をぎゅっと握ってくれた。
澤村と手を繋いで歩く。昔、ずっと憧れていた。
澤村に好きだと伝える。昔、ずっと練習していた。
澤村に好きだと言ってもらう。昔、ずっと夢見ていた。
それが全て叶った今、あの頃に戻ったようで涙が流れそうになる。