第9章 【月島 蛍】兄貴はずるい
あの日から、ひろかは僕の事を避けていた。
明日は兄貴が仙台に戻る日。
ひろかが兄貴の部屋にいるのは気付いていたけど、
俺はヘッドフォンをつけて、大音量で音楽を聴いていた。
「のど乾いた…」
両親ももう寝ていて、冷蔵庫に入った水のボトルを持って部屋へ戻ろうと
リビングのドアノブに手をかけた時、
玄関フロアから兄貴達の声が聞こえてきた。
「あき兄…帰らないでよ…。あき兄がいないと私…」
「泣くなよ~。大丈夫。いつでも電話していいから…な?」
兄貴はひろかをなだめて見送っていた。
ガチャン。
玄関の鍵の音がした。
ひろかは帰ったのだろう。
息を殺していた僕に兄貴は声を掛けた。
「…蛍?いるんでしょ?」
僕はゆっくりとリビングから兄貴のいる玄関フロアに出た。
「俺、ひろかに告白したから。
返事は明日の見送りの時にしてもらう」
「…、あっそう…」
僕には関係ない。そう言って部屋へ戻ろうとする僕に
兄貴は少し強めに言葉を発した。
「蛍。お前、それでいいのか?
いつまでも、ひろかがそばにいてくれると思ったら大間違いだぞ。
ひろかに甘えんな」
黙ったままの僕の肩に手を置いた兄貴は、いつものやさしい口調に戻った。
「なぁ、蛍。大切なものは、必死にしがみついて離さない。
そうじゃなきゃ、絶対に手に入らないよ。
いつも逃げてばっかじゃ、大事な存在まで失うぞ」
兄貴はそう言って、最後の飲み会だと家を出て行った。