第76章 【菅原 孝支】ウインザーノット
部活が終わって、俺は急いで音楽室に向かう。
吹奏楽部に所属している彼女を迎えに行くのだ。
「ひろか~」
彼女の後ろ姿を見つけて声を掛けると、ひろかとその周りにいた部員たちがこっちを向いた。
「あっ、孝支!ごめん、もう少し待って?」
そう言ってひろかは部員の一人にジャケットを手渡していた。
「サイズどう?楽器持った時苦しくない?」
吹奏楽部のユニフォーム。キレイなブルーのジャケット。
サイズ合わせをしているのは恐らく1年生だろう。
大丈夫です。と答える後輩の男子にお揃いのネクタイを手渡していた。
「あの・・俺ネクタイ結べないんですけど…」
彼がそう言うと、ひろかは周りにいた他の1年生達にも見えるように自分の首にネクタイをかけ、ゆっくりと結び方を伝授している。
「そう言えば、俺もネクタイ結べないかも…」
中学、高校と学ランだったし、わざわざネクタイを付ける格好なんてしなかったし、そういう機会もなかったし…。ふと自分の胸元を見て、キュッとネクタイを締めるフリをした。
「ごめん、お待たせ」
あれから15分ほど経ったころ、ひろかが駆け足で俺の元にやってきた。
彼女の背中には重そうなハードケース。
毎朝、屋上で朝練をする彼女は毎日楽器を持って帰っていた。
「定期演奏会っていつなんだっけ?」
部活の日程をお互いに確認し合う。
その日は部活も午前中で終わる予定なので、なんとかひろかの演奏会には間に合いそうだ。
「もうすぐだなぁ。頑張れよ?」
「うん!ありがとう!」
俺たちは手を繋いで、少し寄り道しながら帰った。