第76章 【菅原 孝支】ウインザーノット
「なぁなぁ、ひろか~!」
「ん~?」
「ちょっと来て~」
俺はクローゼットの前で二つのネクタイを何度もあてがう。
季節の変わり目だし、こっちの方が…と一人でブツブツ言っていると、後ろからひろかがやってくる。
「なぁに?・・・ネクタイ?」
「そう!どっちがいいと思う?」
俺が差し出した2つのネクタイをひろかは左右に目を動かして見ている。
ちらっと、今日のYシャツをチェック。うぅんと考え込んで右手に持っていたネクタイを指差した。
「時期的にこの生地感がいいんじゃない?」
俺は右手に持っていたネクタイをひろかに手渡した。
俺の首の後ろに手を回し、ひろかはYシャツの襟を立てる。背伸びをして俺の頭の上からネクタイを首元に持っていき、ボタンの前で器用に結ぶ。
「・・・ふふふ」
急に笑い出すひろかに何?と聞くと、また笑って口を開く。
「昔、孝支さ・・・ふふふ」
「なっ、なんだよ…」
俺がそう尋ねると、ひろかは笑いが収まるのを待って、大きく呼吸を整えた。
「あれって、定演の時だよね?」