第55章 【烏野高校排球部】三年生の事情
「1年のすごいセッターが入って来てさ。本当にすごいんだ。つくづく自分は凡人だって思わされる。けど、それはチームとして当然だから、俺は俺に出来る事をしようと思ったんだ」
マグカップを両手でギュッと力を入れて持ちながら、俯いて話をする彼に、もう一杯のカフェオレをついであげた。
「副主将だし、先輩たちが引退してからは大地と一緒に部を引っ張ってきたつもりだけど、最近、大地を見ると俺なんかよりずっと主将らしくなってて、俺だけおいて行かれてる気がするんだ。旭はエースとしてチームを引っ張って、大地は主将として部を引っ張って。なのに俺はウジウジしかしてない」
私は掃除をするフリをして、パーテーションの裏へ行った。
「見なかったことにもしてあげるよ~」
彼は本音と建て前で葛藤していた。年頃の高校生。女の私に見せたくない姿もある。
「俺、影山に負けたくない。悔しい。なんで、なんで…ここまで旭と大地とやって来たのに。やっと正セッターになって、やっと二人と一緒に戦えるって思ったのに…」
ヒックヒクっと肩を揺らしながら、懸命に涙を拭っていた。
「大地のバカ野郎!なんで勝手に一人で先行くんだよ!俺を置いていくなよ。一緒に頑張ろうなって言ったくせに!バカバカバカ」
よかった。さっき窓は全部閉めていた。
彼が急に叫ぶから、私もびくっとなった。
「旭もバカ野郎!タッパもパワーもあるなんてずるい!ずるいずるいずるい!ちょっと負けたくらいで部活休むなら俺にくれ!バカ旭!!!」
「影山も大嫌いだ!!身体能力も技術もあるくせに、人一倍努力家ってなんだよ!!バカじゃねーの!少しは手抜けよ!!付け入る隙くらい見せろよ!バカ野郎!!」
ハァハァ…と乱れた呼吸を整えるように息をして、ぐっと顔を上げた。その顔はどこかスッキリした顔だった。
私は冷やしたタオルを用意して、彼の視界に入って行った。
「ここも汚れてるから掃除しなきゃね」
そう言って、彼の顔を天井に向けて、その上に冷たいタオルをそっと置いた。
「冷たっ!でも気持ちいい」
彼は少し腫れた目を冷やし、あぁ、スッキリした。と笑った。
「そろそろ、授業戻ります。…先生、あの・・・」
彼は心配そうに私を見る。
「交換条件よ?約束守ってよね!」
私がそう言うとほっとした顔で、はい。と言った。