第38章 【東峰 旭】もう一度だけ・・・
「寒いな・・・」
お盆が過ぎると一気に気温が下がる。
冷えた身体を自分の手で擦りながら温めた。
自分の部屋に着く頃には、湿っていた俺の頬も夜風で乾かされていた。
「っ!!・・・旭」
アパートの階段を上がり、ふと顔を上げるとそこにはひろかの姿があった。
「・・・ひろか、なんで?」
「会いた・・・く、て」
俺を見た瞬間ボロボロと涙を流すひろかに俺は駆け寄って力いっぱい抱きしめた。
これは幻想か。
あまりにも惨めな俺に神様が幻を見せてくれているのか。
俺は何度もひろかの感触を確かめた。
簡単に腕に収まる身体。サラサラの髪の毛と、香水も付けていないのに香る甘い匂い。
「大学は?」
「・・・休んだ」
「バイトは?」
「・・・代わってもらった」
「いつから待ってたの?」
「・・・・」
抱きしめた彼女の身体は冷え切っていて、長い時間ここにいたことは明確だった。
「急に押しかけてごめんなさい。
でも、旭が他の人を好きになっても、私はずっと旭を好きだから。それだけを伝えに来たの」
そう言って俺の腕から離れて、今までありがとうと腫れた目で笑った。俺の横を通り過ぎ、カンカンカンとアパートの階段を下りた。
「・・・なんでだよ。なんで俺を責めないんだよ…」
俺はひろかを追って階段を勢いよく下りた。
「ひろか!!」
振り返るひろかをもう一度強く抱きしめた。
「なんで、俺の中からいなくなってくれないんだよ。忘れたい。ひろかの事忘れたいのに、忘れようとすればするほど忘れられないんだ」
さっき公園であんなに泣いたのに、まだ涙があふれてきた。
ひろかは俺の涙を手を伸ばして拭ってくれた。
「私も何度も旭を忘れようとしたの。でも出来なかった。他の人じゃだめなの。旭じゃなきゃダメなの」
ひろかがそう言ってまたポロポロ涙を流すから、今度は俺がひろかの涙を拭った。
「ひろか・・・俺ともう一度付き合って下さい」
「・・・はい」
俺たちはまた力いっぱい抱きしめ合った。