第38章 【東峰 旭】もう一度だけ・・・
あれから数日が経って、珍しい奴からの着信があった。
「おぅ、奥下。久しぶりだな」
「久しぶりだなじゃねーよ!」
電話を出た瞬間、奥下の怒鳴り声が響いた。
「ひろかから聞いた。なんだよ、あれ。ひろか毎日泣いてて…見てらんねぇよ」
辛そうにそう言う奥下の声を聞いて、まだ彼がひろかに想いを寄せていることに気が付く。
「じゃぁ、奥下がそばにいてやってくれよ」
「おまっ!お前はそれでいいのかよ!!」
俺は黙って電話を切った。
「あれ?東峰くん、どうしたの?」
奥下から電話があった次の日、俺は職場で先輩に話しかけられた。
「元気ないじゃん?・・・って、本当は聞いたんだ、東峰くんが彼女と別れたって。私にもチャンスが回ってきたって期待してもいいのかな?」
そう言って先輩はニカっと笑った。
「ねぇねぇ、今日仕事終わったらごはん行こうよ!」
先輩の誘いに俺は乗った。
「もう、本当専務って適当だよね」
俺は先輩と社内の愚痴を言いながら、居酒屋で話をしていた。先輩はお酒を飲んでいて、顔がほんのり赤くなっていた。
店を出るころには先輩はかなり酔っぱらっていた。
先輩を家まで送るために、夜道を歩いた。
「ねぇ。もう帰っちゃうの?」
先輩が俺の手を握って、潤んだ瞳で俺を見上げた。
先輩は明るくて、かわいらしくて、仕事も出来て。
俺にとっては憧れる存在だった。
そんな人に好意を持たれて悪い気がする奴なんていない。
“・・・旭はその人の事、好きなの?”
寂しさを紛らわすためなら誰でもいいはずなのに。
どうして君じゃなきゃダメなんだ。
「すいません、失礼します」
俺は先輩の手を振り払い、走った。
ひたすら走った。息が切れて苦しいのに、それでも走り続けた。
そんな状況でも浮かんでくるのはひろかの顔。
もう、俺の中から消え去ってくれないか。
明日起きたら、ひろかのこと全部忘れられたらいいのに。
ひろかを好きで好きで好きで、人を愛することがこんなにも切ないことなんだって始めて知った。
もう俺の心はひろかに支配されていた。