第34章 【岩泉 一】私を旅館に連れてって
空き教室に無理やり入れられて戸惑う私に、はじめがすごく険しい顔をしている。
「お前、裏方しかしないって言ってたじゃねぇか!なんだよ、その格好!!」
「少しでも売上に貢献したくて…」
私が小さな声でそう言うと、さらにはじめは怒り始める。
「最後の文化祭なのに俺と回れないとか言うしよ!しかも、あのパーテーションなんだよ!あんな仕切られてたら、誰かに変なことされるかもしれねーんだぞ!」
はじめが舌打ちをして、私に背を向けた。
喧嘩は何度もした。
でも、こんなに怒られたのは初めてだった。
「だっ…だって……」
私の目からは涙がポロポロ流れだした。
「なっ!何泣いてんだよ!!」
「だって…。はじめ、今年こそは1位取りたいって言ってたし…。それに、はじめと温泉行きたかったんだもん」
はじめは大きくため息をついて、私を抱きしめた。
「怒鳴ってごめん」
「はじめは行きたくないの?私と温泉…」
「いっ、行きたいに決まってんだろ」
はじめは顎を私の頭上にコツンとぶつけた。
「大学に行ったら、毎日会えなくなるもん。だから、最後に思い出作りたかったの」
「バカやろう。たしかに毎日会うのは無理だけど、高校で別れるみたいな言い方やめろ」
はじめは再び強く抱きしめてくれた。
「それに、別にクラスで行けなくても2人で行けばいいだろう」
「はじめのエッチ。変態。…それにそんな事パパが許してくれないよ」
あぁー、確かにな。と私の頭上に置いてあった顎をグリグリ動かした。
「俺がぜってぇ、温泉連れてくから!だから、とりあえずそれ脱げ!」
私はその後自分の制服に着替えて教室に向かう。
「なんか3年5組おもしろいらしいぜ?」
そんな噂話を聞いて私は走って教室に戻った。
すると、パーテーションにはかなりの行列ができていた。
「次の方どーぞ!」
私がこっそり中を覗くと、そこには女医の衣装を着た及川くんとナース服を着たはじめが居た。
「岩ちゃーん!なんで俺まで働かされてんのー?」
「うるせー!ひろかをそそのかした罰だ!」
さっきまで男性客メインだった店内が女性客で埋まって居た。そして、堅物のはじめが女装という噂を聞いて茶化しに来る男性客も後から増えて行った。