第3章 帰京
「彼」は私の手を取ると、指環にそっとキスをした。そしてまっすぐに私を見据える。その目はゾッとするほど冷たかった。真夏の猛暑日だというのに寒気がするほど綺麗な顔で笑う「彼」。背中に一筋の汗が流れる。
「僕が18になったらすぐに結婚しよう。それまではすまないが待っていてくれ」
「彼」の言葉は私を囲う檻のようだ。逃げ場はどこにも無い。沈黙を肯定と捉えたのか、嬉しげな声で「彼」は続ける。
「もちろん一緒に暮らすのは高校を卒業してからになるから心配しなくていい。大学は同じところに通うことになるが潮里の成績なら大丈夫だろう」
「彼」の中では着々と将来設計が組まれているらしい。何と言うか、いっそ馬鹿馬鹿しくなるほど気の早いことだ。ふと、自嘲気味な笑みがこぼれる。
「喜んでもらえたようで嬉しいよ。たまにはこういうサプライズもしてみるものだな」
「彼」はどこまでも都合良く解釈してくれるようだ。だがこういう時にはむしろ助かる。
「おばさまのお墓参りに来てまさかこんなサプライズがあるとは思ってもみませんでした」
「母にも紹介したかったんだよ、家同士の決め事ではなく僕が僕自身の意志で選んだ女性をね」
何を言っているのだろう。この縁談はまだおばさまがご健在だった頃に決められたものだ。今更紹介も何も無いだろうに。