第3章 帰京
「探している者がもしアイツだとしたらそれは無駄なことだ。アイツはもういないのだから」
誰のことを言っているのだろう。「彼」の言葉はいたずらに私を混乱させるだけだ。心当たりの全く無いアイツとやらのことを確かめようと、恐る恐る「彼」に尋ねてみることにした。
「どなたなんですか?征十郎さんのおっしゃるアイツって」
「彼」の眼光が一瞬鋭くなる。が、すぐに冷えた笑みを浮かべると勝ち誇ったように言う。
「潮里と幼い頃一緒に過ごしていたもう一人の僕だよ」
背中を幾筋もの汗が伝う。入れ替わる前の“彼”。その人が私の探し人だとでも言うのだろうか。
「私は誰も探してはいませんよ。仮に誰かを探していたとしても、私には探し人をする理由がありません」
何を矛盾したことを言っているのだろう。混乱している私と、それを冷静に見つめる私がいる。そして突然告げられた事実。“彼”はもういない……?様々な思いが私の中で交錯する。そんな中で「彼」は冷たく笑いながら言った。
「潮里は気づいていたのだろう?アイツと入れ替わる前から僕の存在に。けれどそのことを誰にも言わなかった。それはつまり僕という存在を認めていたということだ」
「彼」は冷えた視線を送ってくる瞳を嬉しげに細めた。対する私はさっきから汗が止まらない。
「僕はね、嬉しいんだよ。潮里は初めから僕のことを認めてくれていた。アイツではなくこの僕を、だ」
随分と飛躍した発想だが、あながち間違いでもない。私は赤司征十郎という人の中に二人の人格があることに気づきながら誰にも言わず、何もしなかったのだから。それを「彼」の存在を認めたというのならば、そうかもしれない。