第3章 帰京
「潮里、左手を出すんだ」
言われた通り左手を出すと、「彼」は箱を開ける。中には小さなダイヤの付いた指環があった。まさか、と思った瞬間「彼」はその指環を私の薬指に嵌めた。
「婚約指環だよ。潮里の為に用意したんだ」
恐らくこのダイヤは本物だ。普通高校生が用意出来るものではない。それを用意してしまう辺りさすが赤司家の嫡男ということだろうか。私が困惑していると、「彼」はいつもの調子でこう宣言した。
「それは絶対に外すな。僕といる時はもちろん、僕がいない時もだ」
婚約指環と言えば聞こえはいいが、所有の証ということだろう。あまりいい気分はしない。それに私の通う高校は校則でアクセサリーの着用を禁止している。夏休み中はいいとしても、二学期が始まったら四六時中着けている訳にはいかなくなる。それを説明しようとして、「彼」に先手を取られた。
「校則のことなら心配いらない。許可は取っておく」
ここまで来ると最早「彼」は何者だろうという気さえしてきた。いくら赤司家の嫡男だからといってそんなことまで出来るものなのだろうか。半ば呆れながら私はようやく口を開いた。
「わざわざこんなことをしなくても私達が婚約していることは知られているでしょうに」
「だからこそだよ。僕の潮里に手を出そうとする輩がどこにいるとも知れないからね」
そんな物好きがいるとも思えないのだが、「彼」は本気のようだ。いつものように薄く笑っている。
「これは印だ。潮里が僕のものだという、ね」