第2章 再会
黙々と箸を進めていると、「彼」がその沈黙を破った。
「今日は何時に発つんだい?」
「11時には京都駅に着いていようと思っています」
「彼」はふと目を伏せた。
「…そうか、今日も僕は練習がある。見送りに行けなくてすまない」
「お心遣いありがとうございます。でも一人で大丈夫ですから」
すると「彼」は伏せていた目を私に合わせ、きっぱりと言った。
「僕が潮里を見送りたいんだ。できることなら帰したくない」
無理なことは承知だろうに、珍しく子供のような我儘を言う。
「高校を卒業すればすぐに話は進みます。それまでは高校生活を満喫してはいかがですか?」
少し呆れたような言い方になってしまい、慌てて「彼」の方を伺うと不満気な顔をしていた。
「僕はすぐにでも潮里と一緒に暮らしたい。後三年も待たなければならないのはもどかしいよ」
いつもながら「彼」は私の何をそんなに気に入っているのだろうか。「彼」ほどのスペックの持ち主なら相手はいくらでもいるだろうに。それこそよりどりみどりの選びたい放題だ。
「そんなに心配なさらなくても父の考えは変わりません。むしろおじ様のお考えが変わるかもしれないのに、今将来を決めてしまうのは早計ですよ」
事実、他の家が小鳥遊の家より有益だと赤司家が判断すればこの縁組はすぐに破談になる。
「例え父と言えどもそんなことは許さない。僕の妻は潮里だけだ」
暗く冷たい目で私を見つめる「彼」に背筋が凍る。「彼」の私に対する執着は常軌を逸している。執着というより妄執と呼んだ方が良いかもしれない。
箸を持つ手を止めた私に「彼」は薄く笑って言った。
「潮里は何も心配しなくていい。何があっても必ず僕が迎えに行くから」
私はその後何をたべたかを覚えていない。ただ恐怖すら感じるこの空間から一刻も早く脱出することだけを願って箸を進めた。