第2章 存在理由
暫く馬車に揺られていたら、急に馬の蹄の音がしなくなった
何事だろうかと思い辺りを見回してみるとシエル様が入り口の方に顔を向け目を細めた
特になんの変哲もない仕草なのに、とても優雅に見えた
「着いたようだな…」
シエル様は欠伸をした後に組んでいた足を外した
そして馬車の入り口が開くとセバスチャンさんがシエル様に手を貸す
二人で並ぶと絵になるような美しさだった
私も後から自分で下りて行ったが月に照らされた二つの影は、まるで異世界の幻影を表していた
「さて、就寝の時間に遅れてしまいましたが…」
「仕方ない。今回の任務……いや、とりあえず屋敷に入ったらシィラの部屋に案内する」
シエル様は何か言いかけて言葉を濁した
その言葉の続きを止めれば私の方を向いて少し冷めたような口調で言う
風が先程よりも勢いを増して私たちに吹き付けた
一枚の枯葉が風にのって通り過ぎていく
きっとあれは私だと心で思う
時の流れに乗れない古きもの、シィラ一族は…
「シィラ」
シエル様の声で我に戻る
今の私はシエル様の使用人として生きるのみだ
それが例え道具として扱われようとも今までみたいな路上の一人生活ではない
だから私はここでシエル様にお使えすると共に私の目的も果たすと心に決めた
-シエルside-
「…もっと手間がかかるかと思ったが上手くいったようだな」
「そうですね。このまま彼女を任務に連れて行くのも訳なさそうです」
シィラを部屋まで送らせたが変化は見られなかったらしい
もっと警戒するものかと思ったが好都合だ
それからあの俊敏さは僕らの任務の役に立つだろう
それにしてもシィラ一族というのは当の昔に絶滅したと文献には書いてあった
しかし未だに存在する者がいたとは驚きだ
温かい紅茶のカップに手を掛けると一口啜る
今日のは甘みが強くて疲れた身体を癒すのに適していた
「そうだな…それからあいつの仮名はクアトロ…だ。間違いないな?」
「えぇ。顔もやつれて服装も変わっていますがここに映る人物に違いないでしょう」
クアトロ…イタリア語で4という意味を表す
父、母、兄、シィラ、弟たった一枚の紙に映る輝かしい笑顔の家族
シィラ一族の長として敬われていた一家だ
そして家族で四番目の地位にいるシィラ、つまりクアトロという異名がついている
「セバスチャン…出来るだけあいつには優しくしろ」
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