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出会えた奇跡

第1章 暗闇の光


雨はいつの間にか止んでいて、いつもより涼しい空気に包まれていた
今日はなんだか変な天気で雨が降ったり晴れたりを繰り返している
そう、まるで先程から今に至る私のようだ
馬車まで着くと少年がこちらを振り向き静かに私を見つめた
そのサファイアのような海を連想させる眼差しは私を釘付けにする
何を言われるのかと唾を飲み込んだ

「…お前…名前がないんだろ?」

「…!」

本当にどこまで知り尽くしているのか聞きたいくらいだった
そう、シィラ一族は代々名前を神に授け名を失う
名こそ一番大事なもの、自分自身を分かるものとしてきた
儀式を行い神に名を授け代わりの名前を貰う
だから名を聞かれたとしても決して本名を名乗ってはならない決まりなのだ
シィラ一族のことを知っている人、つまり興味を持っている人なんて数えるほどだと思う
人として扱われない以上そんな掟を知る人なんかいるわけがない
なぜってゴミのような存在の生活を気にするほど人間様は困っていないと言う事だ

「私のことは…シィラと呼んで…ください」

「…分かった。そうすることにしよう。いいなセバスチャン」

「御意」

本当は本当のことを言えば名前で呼んでほしい時もある
そうだ私たちだって同じ血を持った人間なのだから
母と父がつけてくれた大切な名で誰かに呼んでほしい
けれど父と母が亡くなって兄と弟までいなくなってからというもの名など、どうでもよくなった
しかし人の温かみというのは昔の記憶を思い出すことと考える余裕というものを与えてくれるらしい
今、この場でそう思っただけだが私にはそう感じる
それに自然とこの少年には敬語で話しかけていた
誰も信じてなどいないのに、いないはずなのに海のように広い瞳が安心させてくれたのだ

「坊ちゃん、シィラさんお早く。お風邪を召してしまいます」

「あぁ。シィラ先に乗るといい」

頷けば初めての空間に戸惑ってしまう
今まで自分の足で歩くことでしか生活していなかった私が、こんな待遇を受けていいのだろうかと
中でしばらく椅子と壁を交互に見つめていると中に入って来た少年が面白そうに笑ったのだった

「そんなにこの乗り物が興味深いか?」

「は、はい…だって、こんな豪華なものに乗ったことがなくて」

いつの間にか心が溶けていくのを感じた
私は恐らく酷い扱いを受けに行くのではないと
そして再び彼の方を向いた
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