第2章 あの日から
季節は初夏。
さほど速くもない歩調で歩いているというのに、リュックサックの下で背中が汗ばんでくる。
退屈な授業を終えての帰宅途中、私はふと誰かの視線を感じ、立ち止まった。
坂道になった石畳の細い路地を見上げると、一人の男がこちらを向いて佇んでいる。
男にしては長すぎる、しかも漆黒のたいそう美しい髪を風になびかせ、しかし骨格は見間違うことなく男のそれである。
ダークグレイの、身にぴったり合った仕立てのよいスーツを身につけている。
ふだん見慣れない、雑誌の中から抜け出てきたような男の風貌に、見惚れてしまっている自分に気づくと同時に、
「ミモザ= ヘルシュラグ」
その男は私の名を呼んだ。
初めて出会ったと思われる人物から唐突に名を呼ばれ、私はとっさに身を縮めた。
「身構えなくていいよ。驚かせてごめん。
俺の名はイルミ=ゾルディック。君の、いとこだよ」
その言葉は、驚きとともに、猜疑心も呼び起こす。
「私に・・・家族は、いません。もう、いないんです」
男は軽やかな足取りで近づいてきて、 私の前で立ち止まった。
目の前にすると、驚くほど整った顔立ちであることがわかる。
印象的なのは、その瞳だ。暗く、深い黒。
何もかも見透かすような視線を投げかけられ、私は一歩後ずさった。
「 ミモザ、綺麗になったね 」
そう言って、私の頭に触れた。
とたんに鮮明な記憶が蘇る。
そういえば、うんと小さい頃、私は彼に会ったことがある。
不思議なことに、今の今までそのことを忘れていたようだ。
緊張は一瞬でとけ、ぽっかり空いていた場所にパズルのピースがおさまったような、すっきりした気分になる。
久方ぶりに出会った親族への親愛の情を隠せずに、私は微笑んだ。
「イルミさん・・・お久しぶりです。今日は、母のことで?」
「それもあるけど、 ミモザ、君に用があって来たんだ。
単刀直入に言うよ。
ミモザ、うちで一緒に暮らさない?」