第10章 急転直下(銀八side)
「姫川先生じゃなか!」
いつものように空気の読めない辰馬が先生を呼び止める。
「ここまでわしらができたのも、先生のおかげじゃき。今、銀八が、先生に特別にクレープを焼くから、ちょっと待っちょってください」
「いくらなの?」
「いやいや、これはプレゼントぜよ!な、銀八!」
仕方なく顔を上げると、そこにはやはり気まずそうな顔をした愛里先生が立っていた。
ああ、俺がこんな顔にさせてるんだな、と思ったとき、俺の胸を後悔が貫いた。
今からでも、遅くない。
あんな契約嘘なんだと。
そんなことしなくても、俺は誰にも言わないと。
そう言えばいい。
だけど次の瞬間、俺の中の鬼が囁く。
こんなことがなければ、一生お前は先生を手に入れられないんだぞ、と。
先生の心が手に入らないんだったら、身体だけでも手に入れたいだろ、と。
「どんなクレープがいいですか。やっぱり、あまり甘くないのが好きですか」
「そうね、生クリームじゃなくて、ビターなチョコがいいかな」
「今だったらバナナだけじゃなくて、イチゴもサービスしてあげますよ」
「じゃあ、それにして」
「おい銀八、1枚だけなんてケチなこと言うもんじゃなか。バナナクレープもイチゴクレープも、みーんな作ってあげればいいんじゃ」
辰馬の言葉に先生が笑った。
「そんなに食べたら太っちゃうわ」
「先生はそのくらい食べてもスタイル抜群じゃ」
あ、それは俺も思う。
「でも、やっぱり1つでいいわ」
先生が苦笑しながら答え、続けて、
「明後日の代休に、パフェを食べに行く予定があるから、1つにしておかないと」
と言った。
思わず顔を上げる俺。
「デートじゃな?」
「ふふっ、どうでしょう?」
「何も否定せんっちゅうことは、デートぜよ」
辰馬が騒いでいるのをよそに、先生は俺の方を向いた。
ああ、その目。
その挑戦的な目。
俺は先生のその目が大好きだ。
その目で俺のことを見てほしい。
俺のことだけを見てほしい。
だからやっぱり、俺は契約を撤回できない。
俺の腕の中で、その目がどんな風に変わるか、見せてほしい。