第10章 急転直下(銀八side)
それにしても、強制的に手を動かさなくてはいけない時期に、こういうことが起こったのは幸いだったと思う。
手を動かしていれば何も考えずに済む。
模造紙を持って戻れば、陸奥の指示であれこれ手伝わされる。
暗くなる頃には、もとが教室だということが信じられないくらいに見事な、大正ロマン風喫茶店が完成していた。
家に帰ると、夕飯もそこそこに布団に転がりこんだ。
翌日も早くから学校にスタンバイし、軍服のような衣装を着て、クレープを焼く準備をしていく。
実際にクレープは飛ぶように売れた。
テイクアウトにもよく、疲れた客は座って飲み物と一緒に食べられる、辰馬の目論見は完全に当たった。
おかげで俺は、ほとんど他の展示やら食い物の屋台やらを回ることができないほど、クレープを焼くのに専念させられていた。
あまりにも軍服が暑くて窮屈で、上を脱いで腰に巻き、シャツにベストという格好で焼くことにした。
それを目にした女子生徒が騒ぎ、時々「一緒に写真を撮ってください」とお願いされる。
さすがの辰馬も「1回100円」などということは言わず、俺は手を止めて快くビジネススマイルで被写体になってやった。
「さすがじゃのう」
辰馬が腕組みしながら何やらうなずいていた。
「きっちり着ているのより、ちょっと着崩した方がお前はいいらしいの」
「きっちりした格好だと、効き腕が動かしにきいんだよ」
そんな辰馬に金勘定は任せていたからよくわからないが、1日目だけで目標の金額は突破したらしい。
あとは売れば売るほど、自分たちと出資者の利益になる。
俄然俺たちは張り切って……、俺は何も考えることができないほど、忙しくクレープを焼き続けた。
2日目の終わり頃。
もう一般の客は帰ってしまい、余った生地の分だけ、自分たちで食べるクレープを作ろうとしていた時間帯に、愛里先生が俺たちのブースの前を通った。
ドーナツだの、焼きそばだの、色々手にしているのは、生徒が寄ってたかって先生に買わせようとしたからだろう。
そして先生もまた、それに応えてあげたからだろう。
だけど、俺は愛里先生の顔をまともに見ることができなくて、すぐに目をクレープに向けた。