第10章 急転直下(銀八side)
「あの、株券を発行するなんてふざけた企画を立てた、坂本とかいう生徒か?」
「ああいうタイプが特進クラスにいたら、周りをまとめて引っ張っていってくれますよ」
「やっぱりそうか。俺は、あんな面倒なタイプを特進クラスに入れたくない」
「面倒なストーカータイプの生徒を受け持っていたじゃありませんか」
「……」
「ああ、そうか、先生がちゃんと対処してくれなかったから、ストーキングが悪化したんですね」
「おい……、なんでそんなに怒ってるんだ。この前、俺が約束をすっぽかしたからか?」
「公私混同はやめてもらえます?」
「なあ、そんなキツいこと言わないでくれよ。本当は、こうやって二人だけになりたかったんだよ。最近全然二人で会ってくれないじゃないか」
「校内で近づくなって言ったの、イトウ先生の方じゃありません?」
「だけど、こんなに避けられたら、俺だって悲しいよ。なあ、俺だって、説得してるんだぜ。夫婦仲なんか冷え切ってるってのに、ああだこうだ言ってさ」
「……」
「約束するから。な。君のことも、ちゃんとするから」
「そんな気、ないくせに」
「そんなこと言うなよ。な」
「私以外の女にもどうせ、そんなこと言ってるんでしょ」
「何でそんなに機嫌が悪いんだ?俺は君とずっとこうして二人でいたいんだよ」
バサバサッ、と、書類が落ちた音が聞こえた。
「ちょっ……、やめ……」
「鍵かけたら、誰も入って来れないだろ。たまには……、な」
「やめ……離して……こんなところで……」
「君も、この資料室で、誰か引きずり込んでるんじゃないのか」
「何言ってんのっ……!私はあなたとは違うわよっ」
「じゃあ、ここでこんなことされるの、俺が初めて?」
「やめてって言ってるでしょ!仕事が立て込んでるの。早く出てって!」
その時、校内放送が響いた。
「イトウ先生、イトウ先生、業者の方からお電話です。至急職員室にお戻りください」
「ほら、早く戻ったらどうですか」
「なあ、10日なら、代休だから一緒に過ごせるだろ?」
「……」
「今度はすっぽかしたりしないから、たまには昼間に出かけるのもいいだろ。空けておいてくれよ」
ドアが閉じられる音がして、静寂が部屋を満たした。
先生がソファに座ったのを見計らって、俺はそっと本棚の蔭からのぞいた。
背中からは、先生がどんな表情をしているのかは、わからない。