第10章 急転直下(銀八side)
国語科資料室に愛里先生の姿はなかった。
まあいいか、メモでも残していけば、と思い、俺が先日の丸椅子の上に乗って模造紙をつかんだ時、資料室のドアが開いて人が入ってきた。
俺が本棚の陰から顔を出して「先生、模造紙もらっていきます」と言おうとした時、資料室に入ってきたのが、愛里先生だけでなく、あのイトウとかいう剣道部顧問の英語教師だと気づき、俺は再び身体を本棚の陰に引いた。
自分でもなんでそうしたのかわからなかったけれど、本能的に何かを察知したのだと思う。
「じゃあ、君は模試の成績より、定期考査の成績を重視するというのか」
「そうです」
「模試の成績がいい生徒を特進クラスに入れないなんて、保護者が納得すると思うのか?」
「だから、『うちは定期考査の成績を重視しています』と主張すれば、それでいいじゃないですか」
「……」
「先生だって、今まで苦労したでしょう?塾や予備校を重視して、学校の授業をおろそかにする生徒がいることで、特進クラスの雰囲気がどれだけ壊れるか」
「……」
「うちは公立高校です。公立高校の特進クラスを必要としている生徒を特進クラスに入れるべきです。塾や予備校で頑張りたいなら、そっちで頑張ってくれればいいんです」
「だけど、特進クラスの方が指定校推薦も取りやすいし」
「指定校推薦?それこそ授業をおろそかにするような生徒を、推薦することなんてできないでしょう?そういう生徒が入学後に大学の授業をおろそかにして、来年その推薦枠が来なくなったら、どう責任を取るんです?先生が一番気にしている保護者が、黙っていませんよ」
「おいおい、棘のある言い方だな」
「イトウ先生、誰か特進クラスに入れたい生徒でもいるんですか」
「その言葉はそっくり返すよ。君こそ、模試の成績の悪い奴を、誰か特進クラスに入れたいんじゃないのか」
一生徒が耳にしてはいけない教師同士のやりとりらしい。
俺は二人から死角になるはずの壁際に寄り、息を殺して会話が終わるのを待った。
だが、二人の会話は、俺の思ってもみなかった方向に転がっていく。