第10章 急転直下(銀八side)
文化祭の前日、準備の日。
クレープを焼くための準備は、業者からレンタルしてセッティングが完了した。
客を入れるスペースは、陸奥が綺麗に飾り付けていた。
模造紙と色画用紙、それに千代紙などを使い、飾りを作りためていて、それを壁に貼っていく。
みるみるうちに、教室だったはずのスペースは、なんつうか、大正ロマン風?の喫茶店に様変わりした。
「見事なもんじゃのう」
背の高さを生かして高いところの装飾を任されている辰馬が感心したように言った。
「装飾代もほしいちゅうから、そんなもん必要ないと思っちょったがか、ここまでしたら、もとが教室だったとは誰も信じられんぜよ」
衣装も、女子はハイカラさん風の袴を揃え、男子には軍服のような凝ったものが用意されていた。
「軍服でクレープ焼くの、すげぇやりづれぇと思うんだけど」
と俺は言ったが、
「がんばることじゃの」
軽く流された。
「困ったのう、模造紙が足りん」
辰馬に指示をしながら全体のレイアウトを眺めていた陸奥が言った。
「窓全体を黒い模造紙にカラーセロファンを貼り付けて、ステンドグラス風にするつもりじゃったが……」
「陸奥、セロファンはまだ余ってるぜよ」
「黒模造紙をもう2枚ほど買い足さねばならんの」
「あー、ちょっと待った。黒い模造紙なら当てがある」
俺はつい先日、国語科資料室で目にした模造紙の筒を思い出していた。
あの時、先生の上から転がり落ちてきた中には、黒いものもあった。ほこりと日焼けで少し変色していたかもしれないけれど。
「古いやつでもいいか?」
「かまわん。どのみち切り取ってセロファンを貼り付けるんじゃからの」
「じゃあ、もらってくる」
教室を出ようとした俺に、辰馬が声をかける。
「どこでもらえるんじゃ」
「国語科資料室だ」
「ふふふ」
辰馬は変な笑いをした。
「やっぱりお前、姫川先生の舎弟じゃの」
「そんなんじゃねェよ。先生は俺のことなんか、尻尾ふって寄ってくる犬っころかなんかだと思ってるよ」
「尻尾ふって寄ってってる自覚はあるんじゃな」
「……」
うるせェな。
後から考えれば、このタイミングで俺が資料室に行ったというのも、とんでもない偶然のなせる業だった。
あと一分ずれていても、あんなことにはならなかったはずだ。
この偶然を恨むべきか、喜ぶべきか。
……正直なんとも言えない。