第9章 風は秋色(銀八side)
授業が終わったあと、辰馬が涙を流さんばかりに俺に懇願した。
「なあ、金八、頼むからお前も一緒に姫川先生のとこに行ってくれんか」
「……」
人に物を頼む時は、その相手の名前をちゃんと呼ぶ必要があるんじゃないだろうか。
「なあ」
「嫌だ」
「この通りじゃ」
「嫌だ」
「お前が一緒じゃったら、あんまり怒られない気がするきに」
「なんでだよ」
「なんでって、……お前、姫川先生の舎弟みたいなモンじゃろ」
俺は苦笑した。
「なんだソレ」
「お前他の教師には全く興味示さんくせに、姫川先生の言うことだけは素直に聞いちょる」
そうかな。
そうか。
そうかもしれないけど。
でも、先生は俺のことたぶん、尻尾ふって寄ってくる、犬っころかなんかと思ってるよ。
舎弟の方が、まだ立場が上だよな。
だって人間だし。
「お前が先生にタダでクレープを作ってあげると約束でもすれば、先生の機嫌も直るんじゃなか?」
「先生は、そんなに甘い物好きじゃねえと思うぜ。コーヒーブラックだし」
辰馬はそれを聞くなり、俺の前で手を合わせ、拝むようなしぐさをした。
「それだけ姫川先生の好みがわかっちょるなら、一緒に来てくれてもいいじゃろ。頼む!」
いや、俺が行ったところでお前が怒られるのは変わらないと思うけどな。
でも一応俺も、こいつの企画に乗った身だしな。
「しかたねえな」
「おお、金八、恩に着るぜよ」
うん、だから、俺は腐ったミカンの法則とか言わねえっつうの。
連れだって廊下を歩きながら、辰馬が思いついたように口にした。
「姫川先生、前は指輪なんぞ、しとらんかった気がするんじゃが」
「……ああ、あのティファニーの指輪な……」
「ブランドまで知っちょるんか!」
「一応これでもホストの端くれだからな」
「先生に聞いたわけじゃないのか?」
「いや、ティファニーだって言ってた」
「そっか。ティファニーなら信憑性があるのう。クラスの女子が、婚約者にもらった指輪らしいって言っちょるきに」
「……」
婚約者?
そんなの、聞いたことない。