第9章 風は秋色(銀八side)
その生徒がすごすご帰ったあと、俺は先生のデスクに近づいた。
「先生。珍しいですね、職員室の方にいるだなんて」
「今日は会議があったからね。さっき終わったところ」
「相変わらず指導がスパルタだなあ」
「聞いてたの?3年生だから、ハッパをかけないと間に合わないのよ。で、何?」
「先生の『宿題』解けました。特別授業をお願いします」
俺はニヤニヤしながら、先生のデスクに作文用紙を広げた。
「え?すごい!読ませてくれる?」
先生が俺の作文に目を走らせている間、俺はデスクに手をついて、その横顔を眺めていた。
こうやっていると、先生を独占しているような気になる。ちょっと優越感があるな。
「よくわかったじゃない。『書いてない経験を読み取る』が、ちゃんとできてる。その時の青年は恋愛経験もなく子供もいなかったからわからなかったけど、今の青年は恋愛経験もあり結婚して子供もいる、と。そういうことね」
「そうです」
「文章もちゃんとした日本語で書けてるし。坂田くんって作文上手よね」
嬉しい。愛里先生が誉めてくれるの、やっぱりすげぇ嬉しい。
「どこかで練習したの?」
「いや……、ああ、施設で鍛えられたかもしれません」
松陽先生は俺らに、よく綴り方教室を開いてくれたからな。
いつも温和な先生だけど、しめるところはビシッとしめてたから、綴り方教室は結構スパルタだった。
書き終わるまでメシ抜きとか。実際は脅されただけだったけど、そう言われると書かざるを得ないからな。
文法がおかしいと、何度でも書き直しさせられたし。
「そう、それは、素晴らしい指導を受けたのね。文章をちゃんと書くって、一朝一夕でできるものじゃないから、一生の宝になるんじゃないかしら」
松陽先生のことを誉められるのって、やっぱり嬉しい。
そして……、
「え?どうしたの?何がおかしいの?」
「いや、結構スパルタだったんで、思い出し笑いです」
そう。松陽先生も、目の前にいる愛里先生も、どっちもスパルタだよなあ。
そういう人が好きなのかな、俺。