第7章 夏の終わりのエトセトラ(銀八side)
ブラックのコーヒーと、結局賞味期限切れの牛乳で作ったカフェオレのカップをテーブルに置く。
「ありがとう」
先生はそう言って、一口コーヒーを飲む。
あんなに苦いものどうして飲めるんだろう、と思いながら、俺も一口飲んだ。
「おもしろいじゃない」
「そうですか」
さりげない風に答えたけど、自分の書いた文章を愛里先生が誉めてくれるのが嬉しくて、俺は顔がニヤニヤしてしまうのを止めるのに苦労した。
「うん……、よく読めてる」
「本当ですか?」
「先生もKも、お嬢さんに小悪魔テクニックに翻弄されたってわけね」
夏目漱石の『こころ』のメインにあたる部分は、「先生」と呼ばれる人物の遺書にあたる。遺書の中で「先生」は、自分と同じく「お嬢さん」に恋をしていた親友の「K」を裏切り、抜け駆けして「お嬢さん」への結婚を申し込んでしまう。それを知った「K」は自殺をし、「先生」は「お嬢さん」と結婚したものの、罪の意識をもったままその後の人生を送ることとなる。そして最終的に、「先生」も自ら命を絶つのだ。
だが、二人から恋心を寄せられる「お嬢さん」の言動は、男の心を弄ぶ女そのものだ。「先生」のことを好きなくせに、「K」と仲良くして「先生」に嫉妬させているうちに、恋愛にうとい生真面目な「K」までもが、「お嬢さん」に恋をしてしまう。結局、「K」が自殺したのは、そんな風に「お嬢さん」が「K」の心を弄んだからだし、その罪の意識で「先生」も自殺してしまうのだから、「お嬢さん」は何も知らないうちに二人の男を殺していることになる。
俺はそんなことを感想文に書いたのだった。
「研究者並のいい読みができているじゃない。さすが、女性の心を弄ぶホスト君は違うわね」
「それって、誉めてます?」
「誉めてるわよ」
「誉められた気にならないんですけど」