第7章 夏の終わりのエトセトラ(銀八side)
「……え?坂田くん?」
どれくらい経ったのだろう。先生が身体を起こしながら、俺の名前を呼んだ。
焦点のぼやけた瞳を俺に向ける。
俺は読んでいた本を閉じ、
「おはようございます」
と言って、先生を真っ直ぐに見つめた。
「え?……いつからいたの?」
「図書館閉めてからだから、4時過ぎくらいですかね」
「じゃあ1時間近く経ってるじゃない。どうして起こしてくれなかったの?」
だんだん先生の瞳の焦点が合ってくる。
先生は乱れた髪と服を直し、サンダルを履くと、ソファに真っ直ぐ座った。
「先生も疲れているんだろうな、って思って」
「いいのよ、そんなの気にしなくて」
「でもそのかわり、寝顔を堪能できたんで満足です」
愛里先生は珍しく顔を薄赤くした。
「坂田くんが変態だってことはよくわかったわ」
「先生が無防備すぎるんですよ」
俺はそう言うと、先生に感想文を差し出した。
「書き終わりました。『こころ』の感想文」
「早いのね。読んでいい?」
「どうぞ。その間に、眠気覚ましのコーヒー淹れてきましょうか」
「そんなサービスまでつけてくれるの?」
「寝顔を堪能させてくれたお礼です」
「坂田くんも飲む?そこのお客様用のカップ使っていいわよ」
「いや、俺、コーヒー牛乳じゃないと、コーヒー飲めないんで」
「あ、そうなの?」
「はい。あ!先生が口移ししてくれるなら、絶対飲めます!」
「あっそ」
先生は冷たく答えて、俺の感想文を読み始めた。
ちぇ。
まあ、本当に口移ししてくれるだなんて思ってないけどさ。
でも先生が口移ししてくれたら、苦いコーヒーも甘く感じるに決まってるよな。
そんなことを思いながら、俺は資料室のコーヒーメーカーを使って、先生のマグカップにコーヒーを淹れた。
「あ」
先生が声を上げた。
「そこの冷蔵庫に牛乳が入っていた気がしたわ。それ入れれば、コーヒー牛乳になるんじゃない?」
確かに冷蔵庫には牛乳が入っていた。
「先生、これ、賞味期限切れてますけど」
「あら、そうだった?」
「賞味期限切れの牛乳を、捨てるかわりに生徒に飲ますってどういうことですか」
「でも、坂田くんならお腹壊しそうにないから」
「……先生の中で、俺ってどんな人間なんですか」
「うん、何があっても死にそうにない人間?」
誉め言葉かな、ソレ?