第6章 真夏の夜の夢(銀八side)
渡り廊下を愛里先生が歩いていくのが目に入った。
「先生!」
先生が足を止めた。一段高いところにいる先生と俺の目の高さが同じになる。
「どうですか?……惚れました?」
「そうね」
先生は笑顔で俺に手を伸ばし、頭をポンポン、となでた。
「カッコ良かったよ」
うわ。お世辞でもかなりクるんですけど。
本当のことを言うと、髪の毛も俺のコンプレックスなんだけど。
(俺って、天パでさえなければ、今頃ナンバーワンホストになってると思うんだよな)
あの昼下がり、屋上で愛里先生が綺麗って言ってくれたから、五月七日は天パ記念日。
頭をなでていた手が、顔のところまで下りてきて、気持ちいいなぁ、と思った瞬間、はっ、と離された。
あれ?続きはしてくれないの?もっとなでて!もっともっと!
俺が物欲しげな顔をしていたからだろう、先生は、
「坂田くんが犬みたいに可愛いから、ついついなでなでしちゃった」
と言った。
それって誉め言葉ですか、先生?
「本番の試合はいつなの?」
「次の金曜日です」
「見に行けたら、見に行こうかな」
「いや、緊張するんで、来てもらわなくていいです」
「緊張なんてするタイプじゃないでしょ?遠い所じゃなければ見に行けるかもしれないから」
「かもしれないくらいなら、来てもらわないでいいから!」
あ、やべ。
また、大きな声を出してしまった。
愛里先生は目を見張り、少し青ざめているようにも見える。
あ、俺、傷つけてしまった?
どうしよう。
俺、ドSだけど、本気で人を傷つけたりしたいわけじゃないんだよな。
「ち、ち、ちがうんです。先生に、見に来てほしいんです」
俺は慌てて言葉を継いだ。
見に来てほしくないなんて思うはずない。
俺のことを、見て。
俺だけを、見て。
不意に、押さえつけていた子供の頃の自分の記憶が蘇る。
誰かが、迎えに来てくれるのを待っていた。ずっと待っていた。
手を差しのべてくれたのは、松陽先生。
おずおずと握り返した俺の手を、ぎゅっと握ってくれた大きな手の温かさを覚えている。
今の俺の手は、あの時の松陽先生の手よりも、大きいかもしれない。
だけど、手をつないだ者に深い安心を与える、そういう大きさは俺の手にはない。