第6章 真夏の夜の夢(銀八side)
「剣道部の助っ人を頼まれてくれんか」
「は?」
「最後の夏の大会があるんじゃが、2年生が1人ケガしての。このままじゃ人数が足りなくて団体戦を欠場することになってしまうんじゃ」
「オイオイ、5人ギリギリしか部員がいねえこと自体、その3年生の先輩とやらの器量と人望のなさだろうが。己を知るいい機会だろうよ」
「銀八、お前は冷たい奴じゃのう」
「悪ィな。他を当たってくれ」
「じゃが、そのケガした奴が、お前に頼みたいと言っとるきに」
「何でだよ」
「中学時代にお前と対戦したことがあるらしいの。夜兎中出身の奴じゃ」
夜兎中。
その名前には覚えがある。
そうか。あの親善試合の相手か。
一瞬記憶がフラッシュバックする。
……だが、あの試合を最後に、俺は竹刀を握っていない。
「我流に見えたが、めちゃくちゃ強かったと言うちょる。白い鬼神のようなオーラじゃったと」
「昔のことだろ」
「勝たんでも、お前がおるだけで充分なんじゃ」
「俺はもう剣道なんてやってねえんだ」
「人助けだと思ってくれ。な、いちご牛乳おごるきに」
「……」
「足りんか?じゃあ300円やるきに」
「……辰馬、お前」
俺は一歩で辰馬の懐に入り、首に持っていたうちわを当てた。刃物だったら切れてる角度だ。
「剣道部の奴からいくらもらった」
「竹刀を握らなくなって久しくても、この動きはさすがじゃの」
「話をそらすな」
「……」
「言えよ。いくらだ」
「……5000円じゃ」
「1人1000円か。俺を金で雇ったなんて話が洩れたら、それこそ試合を辞退する騒ぎになるんじゃねえか」
「……で、でも、それだけ奴ら必死なんじゃ。……わかった、3:2で手をうたんか」
「なめたこと言ってんじゃねえ。しばらくバイトできねえでいるんだ。5000円全部よこせ」
「……わ、わかった」
「ついでに、俺今イラついてるから、口止め料にいちご牛乳おごれ」
それで話はついた。
ただ単純に、身体を動かせば、このイライラした気持ちも少しはマシになるんじゃねえかと思っただけだったが、これが小忙しい夏の始まりになるとは思ってもいなかった。